ちのっぷすの読書覚書

『!』と思った文章や琴線に触れた言葉のメモ集

不二讃々~あすか書房

新年に相応しく

3ヶ月ぶりのアップです。

この間、このブログを元に編集し直した《ちのっぷすの読書覚書》をアマゾン・オンデマンドで出版することはできたものの、ブログ自体は休止状態でした。

集中して読書に取り組めなかったことが大きいのですが、そんな言い訳は昨年でおしまいにして、今年はこちらの方にも力を注いで行けたらな、と思っています。

本年最初に取り上げるのは、昨年最後のアップとなった佐藤勝彦先生の著書の中から、新年に相応しい書画本「不二讃々」

表紙の画も合わせ、33枚の不二山が収められている書画集です。

不二讃々

不二讃々

  • あすか書房
Amazon

不二とは富士山のこと、富士山賛歌の本ともいえるのですが、独特の富士山観に圧倒され、上手く言葉にできるか自信がありません。

ですので、「!」と思った箇所をどんどんどんどん引用していくだけにとどめ、余計な講釈はたれないことにします。

ページは前後しますが、まず「不二山」について書かれた箇所から。

p30より

不二山を描くのには、自分なりに理由がある。不二を描くことによって自分が不二になったような気になるということと、不二になったら如何ような気持ちかというと、日本全国唯一つ、こんなに高くそびえる山はないだろうという誇りを味わうことである。(中略)いい気持ちを味わいたいからこそ不二を描き、不二になっては気分をおおらかにして、その日を出発させるのである。いうならば、不二を描くことによって自己催眠させて、暗示をかけているのかもしれない。

「気分をおおらかにして、その日を出発させる」ーー「一日の始まり」にこう思えたら、どんなにか・・・!

p55より

不二を描くことでなんだか、運に恵まれてきているように思えてならない。あの強烈な不二山をいつも描いていると、不運であるなんて考えられないのだ。

p18より

一日一日をいただいているんだと思えることほど、しあわせなものはないと思う。何をするのもいいのである。そのことが、いいと思えたら何をしてもいいのである。有難いと思えたら、それほどの、しあわせはないのである。どんな職業にあろうともどんな地位にあろうともそこによろこびを見つけるか否かは自分次第である。

p19より

明るくあろうと努めることは、人さまに対してだけでなく、自分自身にも大切なことである。自分で自分を縛って、こだわりの地獄から抜け出るためにも、今を明るく切り替える努力は大切である。思い切って、今の自縛から逃れるために勇気をもって、思い方、考え方の転換をせねばならない。

「こだわりの地獄から抜け出るためにも、今を明るく切り替える努力は大切」ーー ほんとにそうですよね!

p26より

自分の生活の面白いところはいつも自分を眺めて生活しているというところだろう。自分を眺めてその景色、その様子をそのまま写して書きとめている。

おこがましいですが・・・私にも、こういうところが少しあります。

同じくp26より

毎日おつきあいしている自分といっても生涯に一度のおつきあいだということになる。何故なら、毎日同じことのような生活でも、毎日は一生に一度の一日である。

「毎日は一生に一度の一日」、そう自覚して生きていきたいものです。

p27より

今自分が見たり思ったりすることは、実はこの世のすべてだと言っても差し支えない。自分がなくなったらこの世もなくなる。つまり、生きているからこそあるのであって自分が死んだら、この世のことなんか、関係ないのである。だからこそ、自分が毎日考え思うことが如何に大切であるかということである。自分の考えが、今のこの世の全てであるとしよう。すると、自分の考えしだいではこの世をいつも自分のものにすることができるということになる。

p35より

私は大丈夫と念ずる。すると大丈夫という波動が大丈夫の力を形成する。大丈夫が大手を振ってまかり通り出す。大丈夫はいよいよ力を持って、本物の大丈夫に成長する。

p73より

超越的なものに支配されているような気がする。そして一体となっている。この体験は何なのだろう。この一体感のこの気持ち。この情況は言った何なのだろう。不思議なほどに私におとづれるこの情況。そしてこの情況がこの上もなく好ましいのは何故なのだろう。

またまたおこがましいですが、この感覚も、わかる気がするのです。

p83より

結局そのままでいいんだと思う。そのままにすべてが折り込まれているのだからそのままに従うのが一番合っているような気がする。そのままが一番適しているのだと信じたら、そのままが最も良くなってくるし、どうなろうと丁度いいと思ったら、いいことになるに決まってくる。うまく回転していく。いいとおもっているのに悪くなるはずがない。

「そのままにすべてが折り込まれている」ーなんだか量子力学の世界のような・・・

 

1月1日だからと言って、何がどう変わるわけでもないですし、天邪鬼な私ではありますが、少しは気を引き締めて新たなスタートを切りたいとは思っています。

毎日が新たな1日ということでいえば、毎朝が元旦のようなもの・・・かもしれませんね。

そういう気持ちで1日、1日を大切に、感謝とともに過ごしていけたなら・・・!

ーと言いつつ、実はここまでは昨晩(と言っても午前0時過ぎなので「新年」ではありましたが)書いていたもので、ちょっと書き足して、アップしたのが元旦だというだけ。今年もこんな調子なのでしょうか?

こんな私ですが、本年もどうぞよろしくお願いいたします。<m(__)m>