直截なタイトル
まずは画像を見て頂きたいと思います。(アフィリエイトはしておりません)
さらに拡大しますね。
このちょっと奇妙な、ぐにゃぐにゃ、ゆら~っとした装丁に、ふらふら~~っと惹かれたのです。
「自閉スペクトラム症」の人の世界観を見事に表現しているような気がして。
私自身にもたぶんにADHD的要素があるからでしょう。(ASDではないですが)
ただ、注意欠陥多動性障害の「多動」の部分が当てはまらないなぁ(落ち着きはないものの、授業中じっとしていられない、ということはなかったので)と思っていたけれど、身体が多動というだけでなく「脳内多動」も示すとあったので、「!まさに当てはまってるじゃん!」と、なんだかスッキリ。
横道 誠さんのことは、全然存じ上げませんでしたが、Wikipediaに詳しい記載がありましたので、一部引用しますね。
元々はドイツ文学やヨーロッパ思想、比較文化などの研究者だったが、2019年に40歳で発達障害(自閉スペクトラム症(ASD)と注意欠如・多動症(ADHD))と診断された[6][13]。その後は、発達障害の「当事者研究」も行うようになった[3][10][1]。子どもの頃から変わり者として生きづらさを感じていたが、研究能力に優れていたため、40歳で二次障害のうつ病を発症するまでは診断を受けていなかった[14][4]。
2020年4月、発達障害者のための自助グループ[注 2]を立ち上げた[15]。同年5月、宗教2世のための自助グループ「宗教2世の会」を立ち上げた[4][17][18]。他にも、自身の多様な属性(アダルトチルドレン[注 3]、LGBTQ+など)に即した自助グループを次々と結成した[2][19]。自助グループでは、当事者研究[注 1]やオープンダイアローグ[注 4]的な対話実践を重ねてきた[16]。
本書は三部構成ですが、第三部は「自閉スペクトラム症として、ハイデガー、カントを読む」となっており、やや難解で、まだ読み終えておりません。(このまま読まずに返却するかも)
ですので、ここで取り上げるのは主に、二部の「当事者との対談」になります。
実は、対談のお相手も知らない方ばかり。
その中でも特に興味深かった高野秀行さん、柴崎友香さんとの対談から引用させて頂きますね。
まず高野秀行さん。こちらも詳細はWikipediaをどうぞ。
高野さんのことは、メインブログ(徒然五行歌)の方にも少し書きましたが、冒険家でもあり、辺境の地を旅しては紀行文を書かれているようです。25言語以上も学ばれたとか。
高野 横道さんは、「文学や芸術に触れることで、自分のなかが整理される」と書いていらっしゃいます。文学をそういうふうに捉えることができるんだ、というのは驚きでした。(中略)
僕は、読むときではなく書くときに、そういう感覚があるなと。自分の頭のなかがいつも混沌としているせいなのか、僕は物事を合理化したり、統一したり、整理したいという気持ちがつよいんです。
おこがましいですが、私も「自分の頭のなかがいつも混沌として」おり、「書くことで整理がつく」ことがよくあるのです。
柴崎友香さんとの対談では、まずその章の見出しからして「!」でした。
私は「この私」を通じてしか 世界を経験できない
これはもうまさに、常日頃、私が感じていること。
柴崎友香さんのことも、この対談で初めて、作家、それも芥川賞作家であることを知りました。柴崎さんはADHDと診断されたことも明かされています。
柴崎さんについてもこちらをどうぞ ⇒ 柴崎友香 - Wikipedia
横道 多くの作家やクリエイターは、自分に精神疾患とか発達障害の傾向があるかな?位に思ったとしても、その「ネタバレ」を避けるために口にしないことが多いと思うんですよね。そのタブーを踏み越えたのは画期的ですし、すごい勇気だなと。
柴崎 考えることが面白かったんです。特にADHDの診断を受けてからは、今まで「自分のこういうところはなんでやろう?」と思っていた部分についてのヒントが沢山あった。それを考えることが面白くて。ADHDは自分の好奇心のままに進んでいくところがあるので、「ADHDや発達障害について何か考えたい、書きたい」のほうが勝った感じです。
これこそが『昇華』ってものなのかもしれませんね。
巻末には参考文献が、ずらずらずら~~っと何ページにも渡って掲載されていて、こういう所(きちんと網羅しないと気が済まない?とか、拘りの強さ?)がASDの特性なのだろうなぁと思いました。
もちろんASD(自閉スペクトラム症)は「スペクトラム(軽度から重度までの連続体、範囲)」なわけですから、一括りにはできませんが。
最後に「おわりに」から一部引用して締めくくります。
また筆者は自閉スペクトラム症などの発達障害(神経発達症)は、従来どおりの障害としての観点からのみならず、「脳の多様性」(ニューロダイバーシティ)として非障害的な観点から議論され直すことも必要と考えており、過去の作家、思想家、研究者などに「脳の少数派」(ニューロマイノリティ)としての特性を読み取っていくことは、精神疾患や発達障害に対する差別意識を撲滅する上でも、重要な実践と考えている。
