ちのっぷすの読書覚書

『!』と思った文章や琴線に触れた言葉のメモ集

脳は耳で感動する

テンポのよい対談集

養老先生の新刊本!と喜んで借りて帰って、一気に読了。うん、面白かった!

ただ、新刊とはいえ、2009年刊の『耳で考える―脳は音楽を欲する』(角川書店)が底本になっているそうなので、最終章以外は、「(社会現象が)古いな」と感じるところもありましたが。

読み始めてすぐに「!」と思った箇所があったので、引用しますね。(p18~p19)

久石 (前略)映画というのは1秒間に24コマの映像が流れます。映画音楽というのは、そのコマレベルまで合わせていく作業になるわけです。ところが、厳密に映像に合わせて音楽をつけると、間違いなく音楽の方が早く感じるんですよ。ぴったり合わせると、映像より先に音が聞こえてくるという現象が起きる。(中略)

 普通に考えたら、映像は光ですから、音速より速いですよね。それなのに音の方が早く感じられる。これがどういうメカニズムなのか不思議に思ってきたんです。

養老  それは意識の研究者が指摘してます。視覚と聴覚は処理時間がズレる。何の問題かというと、おそらくシナプスの数です。

 意識がどういう形で発生するのか分かりませんけど、自分がこういうことを見ているというのと、聞こえてくるのと、脳の神経細胞が伝達して意識が発生するまでの時間が、視覚系と聴覚系とでは違う。だからズレているわけです。

これはもう本当に「!」でした。久石氏が言うように光の方が音よりずっと速いのですから、音が遅れて聞こえるはずじゃないの?と。

これまで特に意識して観たことはなかったけれど、音と映像をピッタリ合わせるためには、24分の何秒レベルでの調整が必要だったのですね、それにも驚きました。

第一章からこんな感じですから、この先も引用したい箇所が盛沢山でしたが、一気に第七章まで飛ぶことにしますね。

この第七章(最終章)だけが、最近のお二人の対談になります。(ちなみに2009年時の養老先生と現在の久石氏がほぼ同年齢なのだとか)

第七章の見出しは『「もののあはれ」とAI』

まずはp203~p204より

久石  実は、Chat GPTで作曲しないかというふうにお誘いがありましてね。最初に聞いた時は、ふざけるんじゃないと思ったんです。(中略)

 でも、意識を今から未来に向けるとどうなるかと考えたわけです。例えば自分が取り組んでいる曲作りの場合、「一曲の中のAというパートのメロディを変化させなければならない」というとき、(中略)それをAIに考えさせる。あらゆる可能性をAIでシュミレーションさせるわけですよね、その中で自分が「これだ」と思うパターンを抽出して、(中略)

 つまり、僕はこれまでAIを使用するとき、現時点から過去を勉強させることばかり考えていたわけです。でも、未来に向かって使っていけば、無駄な労力を使う必要がなくなる。それによって、世界で初めての”AIシンフォニー”を作れるのではないか、なんてことを思ったわけですよ。(後略)

これに対し、養老先生は「面白いですね」とは応じているものの、話は別の方向にむかったようです。Chat GPTに対して否定的な考えをお持ちだからかもしれません。

話題はAIからAGI(汎用人工知能)にまで及びます。(p232~233)

養老  知能にこだわり過ぎですよね。そういう能力が有効になるように外部世界を構築して来たからでしょう。要するに、ビルを作ったのと同じなわけですよ。

久石氏の「なるほどね」というあいづちの後、養老先生の説が続きます。

養老  地球上には八十億もの人が生きているわけでしょ。その天然の知能をどうしてもっと大切にしないんだと言いたいですよ。AIが作る世界というのは、詰まるところ人間を大切にしない社会だと思います。

あちこちからの引用なので、脈絡がない書き方になってしまいました。

「脳は耳で感動する」というタイトルに着地させたかったのですが・・・。