4ヶ月ぶり!!!
少し前、メインブログの《ちのっぷすの徒然五行歌》の方に鹿島錦展と糸島ハンドメイドカーニバルのことをアップしたおかげか、一日のアクセス数が60を超えていました。
そのうちの数名の方が、リンクを張っているこちらのサブブログも覗いてくださったようなのに、4ヶ月も更新していないトホホな状況。
あんまり申し訳なくて、アップしなくちゃ!とこうして書き始めたわけです。
わけですが・・・
なんせ、本、読んでないもんなぁ。
読む時間がなかったわけではないのです。
ここ数ヶ月は確かに忙しかったけれど、読む時間がなかったのではなく、単に読む気にならなかっただけ、なのです。
じっくり腰を据えて、落ち着いて、集中して・・・読む気にならなかった・・・
理由の一つは、読書の為によく利用していた近場のジョイフルがコロナ禍で2店も閉店したこと。
近場の2店とは加布里と浜玉の店舗のこと。
浜玉は近場とはいえ、お隣佐賀県だし、車で30分程かかりますが、加布里は5分。
ほんとにしょっちゅうお世話になっていました。
ランチとドリンクバーで約3時間、本2冊。至福の時。
ジョイフルのコーヒーは他のファミレスよりは美味しいと思います。
ーと、読書覚書になってないですね。
では、つまみ読みした本の紹介をば。
パッと目を引く装丁、養老センセイの推薦とあったし、訳者が竹内薫氏だったこともあり、おおいに期待して読み始めたのですが・・・
訳文がくだけすぎで若者向けのように感じ、サクサク読めはしたものの、なんだかしっくりきませんでした。
う~ん、この違和感はなんだろう?
ここはひとつ原文で読んでみるべきでしょうか?
What Is Life?: Understand Biology In Five Steps (English Edition)
- 作者:Nurse, Paul
- 発売日: 2020/09/03
- メディア: Kindle版
平易な英語で書かれているらしいので、読めないこともないかもしれません。
挑戦するか否か。
とりあえず、キンドルにサンプルダウンロードはしてみるつもりです。
とくに以下引用の箇所(p252、253並外れた「人間の脳」)は原文で読んでみたいですね。
並外れた「人間の脳」
生命は全体として、粘り強く、長続きし、適応能力に優れている。だが、個々の生命体は、寿命が限られ、環境変化に適応する能力にも限界がある。自然淘汰の出番はそこだ。(中略)
この自然淘汰という無慈悲な選別プロセスは、多くの予期せぬものを作り出した。なかでも並外れたものの一つが人間の脳だ。われわれが知る限り、自らの存在に、われわれと全く同じように「気づいて」いる生き物は他に見当たらない。われわれの自意識を持った心は、少なくともある部分、世界の変化に合わせて行動する自由裁量のために進化したに違いない。
「自由裁量の為に進化した」―この部分については私自身は懐疑的なのですが、本当にそうであったならどんなにいいだろう、とは思います。
脳は他のすべての生物と同じ化学特性と物理特性に基づいている。しかし、どういうわけか、彼らと同じ、比較的単純な分子と物理化学的な力から、考え、議論し、想像し、創造し、苦しむ能力が生じたのだ。こうしたもののすべてが、どのようにしてわれわれの脳の「ウェットな化学」から出現するのか、途方もなく困難な疑問の数々が生まれる。
これはもうまさに《ちのっぷすの疑問》にほかなりません。
10代の頃から抱き続けている疑問が、高名なノーベル生理学・医学賞受賞者にとっても「途方もなく困難な疑問」なのですね。
あなたも わたしも
元を質せば
CHNOPS
なのに なにゆえ
思う 煩う
自画自賛になりますが、コンパクトに素朴な疑問を詠めていると思います。
「思う」とは上記引用文の「考える、想像する」であり、「煩う」とは「苦しむ」、考えることのできる能力は同時に苦しむ能力も生んだのですね。
この地球上では生命の発現は「一回きり」、それゆえ《生命の樹》として現わされるのでしょう。