ちのっぷすの読書覚書

『!』と思った文章や琴線に触れた言葉のメモ集

アルツハイマー病になった母が見た世界

2ヶ月半ぶり!!

ここひと月ほど、ようやくぼちぼち読書できる環境に戻りつつあったのですが、覚書にアップするとなると・・・二の足を踏んでいました。

ですが、そうも言っていられません。

以下の本は、私にとって、いろんな意味で、絶対に、感想を書き記しておくべき本、なのです。

大袈裟だけれど、生涯の宿題になるのかもしれません。

タイトルや表紙からわかるように、

この本は、認知症を専門とする精神科医であられる著者の斎藤正彦先生が、アルツハイマー病になられたお母様のことを、その日記の変遷から分析された本です。

お母様と同居し、主たる介護者であった妹さんはじめ、弟さん、そのお嫁さんとのメールの遣り取りなども収められていて、家族介護のリアルな実態が目に浮かびます。

まずは「あとがき」から引用させて頂きます。

「まえがき」に、この本を書く二つの目的を挙げました。一つは、認知症の患者は物忘れなど認知機能の低下を理解できないという精神医学の迷信を破ること、もう一つは(後略)

とあります。もう一つについても大変興味深いことなのですが、そちらも一緒に取り上げると途轍もなく長くなりそうなので、ここでは主に一番目の目的について書かれた箇所を取り上げたいと思います。

とはいえ、著者は、文学に造詣が深かったお母様の血を引いていらっしゃるからか、修辞が秀逸なので、二つ目に関係することではありますが、先にその部分も載せさせていただきますね。(「まえがき」からの引用です)

(前略)母が自ら語ったライフストーリーを縦糸に、母が遺した日記に記された日常の出来事や、老い行く母の周辺で右往左往する私たち家族のリアルタイムな思いを横糸として、改めて一枚のタペストリーに織り直してみれば、そこに現れる物語は、母の個人的な記録であると同時に、母が生きた時代を生き生きと描き出す絵巻物のようでもありました。(後略)

さて、私がこの本を取り上げた一番の理由は・・・

お母様が、そう遠くない将来の自分の姿と重なったからです。

大正時代のお生まれで東京女子大に進学されたほどの才媛でいらっしゃり、聖書や古典文学、語学、短歌など多芸多才であられたお母様と、自分の姿を重ねるなど、おこがましいこと甚だしいのですが、それでもある種の親近感を禁じ得なかったのです。

お母様は若い頃から日記をつけておられましたが、この本で取り上げられているのは67歳(物忘れなど老いの自覚と、将来への漠然とした不安を書き始めた頃)からの日記になります。(p21)

 夫の死後得たる仕事を励みとし若く見ゆると言はれて暮らす

こうした活発な生活を続けながらも、母はこの時期以降、老いを自覚し始めたことが、次のように日記に現れます。「帰途コピーしてきたが、例の通り、コピー屋に荷物を忘れてまた取りに行く」

そう考えると、私の物忘れの自覚は、お母様より15年以上早いので、ちょっと空恐ろしい気もします。

私の話を少し。

次女が小6の頃ですから、もう20年近くも前、クラス全員でドッヂボールの試合に参加するため、アクシオン福岡に行った時のことです。

試合観戦が終わり、メインの体育館から、自分たちの控室のようなところに戻ろうとした際、方向が全く分からなくなってしまい、ウロウロ・・・

出口が何か所かありますから、全く違ったところから出てしまったのがそもそもの間違いだったのでしょうが、それでも普通の人なら、元の場所に戻ることは容易だと思います。

いくら初めての場所で、かなり広い会場とはいえ、40代の人間が迷うような場所ではないはず。

そうは思いつつも「元々かなりの方向オンチだから」と自分を納得させていました。

お母様の日記に似たようなくだりを見つけ、言い知れぬ不安が広がったことをここに白状しないといけません。

78歳時の日記と著者の解説文の引用です。(p63)

(前略)しばしば、失敗のエピソードを記した後に母なりのコメントが記されています。(略)「全くこの頃は忘れがひどくて自分乍ら心配」(略)「本当にぼんやりで嫌になってしまうが、この手の失敗は若いころからで、今更ではない」(略)

「今、ここにあったものがもうわからなくなってしまう。まさしくボケだが、私は若いころから忘れ物、失くし物、勘違いの名人だから、この先どうなることかと心細い」(略)

おっちょこちょいでなくし物が多いのは、若い頃からの性癖だと考えてむりやり納得しようとしても、認知症がはじまったのではないかという抑えきれない不安がにじんでいます。

それから自身の事でもう一つ。

アクシオンの件とどちらが先だったか微妙ですが、娘(長女の時ならほぼ同時期?)の英語の教科書(中2用だったと思う)に「主人公の少女がアメリカに住む叔母に会いに行き、一緒にショッピングモールに出かけたときの話」が載っていました。

モールで買物をした帰り、叔母は車を止めた場所がわからなくなり、探し回ります。

確か、とめていた階を間違えたためということがわかって無事に車を見つけたというオチだったような・・・

この時、「いくらアメリカのモールが広いからと言って、そんなことってある?叔母さんってまだ40歳前後でしょ、ありえな~~い。」と思ったんですよね。

でもそれから僅か数年後、私自身が同じ体験をします。

できたばかりの木の葉モールでだったと、そこはしっかりと覚えていますが(あまりにもショックで)車を止めた場所が全く分からなくなっており、帰るに帰れなくなってしまったのです。

階も入口との位置関係も一切覚えておらず、愕然。

インフォメーションセンターに駆け込んで、車種とナンバーを伝えて一緒に探してもらうという大失態。

この後も木の葉モールだけでなく、イオンモールでもゆめタウンでも同様の失敗をしています。(さすがに人様に迷惑はかけていませんが)

ちゃんと何階の何番と数字を記憶してとめたときは大丈夫なのですが、無意識に降りてそのまま建物に入ってしまうと・・・ウロウロ探すハメに・・・

高齢化社会ですから、私のような人間は少なくないのでしょう。

「駐車場所を忘れないように」といった注意のアナウンスが始終流れていますが、これも無意識に聞き流していますものね、処置なし、です。

このほかにも、自販機でお釣りを取り忘れるのはまだいいとして、スーパーに財布を忘れたり、レストランにスマホを忘れたり(いずれも無事戻りましたが)クレジットカードを失くしたり(手続きをしたこと数回)・・・枚挙にいとまがありません。

逸れましたね、戻ります。

「年のせい?」と自問しながら、そうではない不気味な変化が自分の脳の中で起こっていることを感じて、怯えている母の心が伝わってくるような気がします。

お母様の最初の兆候は67歳、その後も10年程は「年のせい?」といった漠然とした不安でやり過ごしておられますが、80代以降は明らかに認知症の症状が顕著になっていかれます。

本書の「母の日記と生活」という章のタイトルの中に

第三期 八〇~八四歳ーー老いに翻弄される日々、崩れていく自我の恐怖

とありましたが、崩れていく自我の恐怖、私も「自分が自分でなくなっていく」ことが何より怖いと思っています。

正式な診断を受けたのは84歳の時だそうですが、これは著者自身が認知症の専門家であったがゆえという事情もあるようです。

お母様の経過を私に当てはめると、本当に怖いものがあります。

本の感想を書く時、取り掛かるまでには時間がかかっても、一旦書き始めるとすぐに書きあがることが多いのに、この本だけは、なかなか筆が進まなかったのは・・・他人事のように思えない怖さがあったから。

以下はお母様自身の84歳時の日記です。

二月一三日 心を使っているつもりなのになかなか自分の中が整理できない。もう少しさっぱりとすがすがしく生きたいものと思うが、なんとなくがさがさ暮らしている。少し落ち着いてきたので読書も思考も進めてゆきたいと努めてみる。

この気持ちが痛いほどわかって、切なくて、胸が苦しくなりました。

この年の7月、お母様は著者の自宅にほど近い老人ホームに入居されます。

(前略)前後の記載から八月上旬の記載だと思われるページに、次のようなメモがあります。

 「世田谷区桜新町」「老人ホームに常住する」

「常住する」というのは奇妙な言葉です。たぶん、自分がどこにいるのかわからず、職員に住所を聞いて書き留めたのでしょう。私たちは、何度も繰り返し、ここはどこなのか、お金を払わないで食事をしていいのか、と同じ質問をされて辟易していました。(略)この文の下には波線が二本、直線が一本ひかれています。私のいらだった叱声にびくびくし、忘れないように自分の記憶に叩き込もうとしていたのでしょうか。(後略)

お母様の不安も、専門家と言えど、息子としての著者の苛立ち、どちらも手に取るようにわかります。

うまくまとめあげることができませんでしたが、返却期限がきているので、これから返しに行きます。

このままアップしますね。

もう少し簡潔にまとめられたらアマゾンレビューも書いてみたいと思っています。

 

 

絵が上手いより大事なこと

数ヶ月ぶり

糸かお100分の1オーナーになって、もう半年以上になります。

大好きな本の仕事にほんのチョッピリでも携わっているのですから、メインブログ並みに、こちら《読書覚書》の方も充実させないといけないと思いつつ・・・

なかなかアップできずにいます。

そもそも、最近あまり本を読んでいないのです。

ですが、そうも言っていられませんね。

少しずつですが、こちらの方も訪問してくださっている方が増えているので・・・

今日の本は永山裕子さんの「絵が上手いより大事なこと」というエッセイ集。

ですが、画集と呼んでもいいくらい、沢山の素敵な絵が散りばめられています。

エッセイ集と書きましたが、Q&A形式になっていて、絵を描く心構えや技法などについて絵画教室の生徒さんへの講義のような構成にもなっており、パラパラとめくっているだけでもアートの世界を垣間見させてもらった充足感に充たされます。

中までお見せできないのが本当に残念!

Q3りんごを描こうと思ったとき最初に考えることは?

という項目にはぐいっと惹き込まれました。

まどみちおさんの詩集からの引用があったからだと思います。

絵心はまったくない私ですが、一応「五行歌」やっていますので、「詩心」は多少なりとも持っているのかも・・・しれません。びびっときたのは確かですから。

まずは、まどみちおさんの「リンゴ」をそのまま引用しますね。

リンゴを ひとつ

ここに おくと

リンゴの

この 大きさは

この リンゴだけで

いっぱいだ

 

リンゴが ひとつ

ここに ある

ほかには

なんにも ない

 

ああ ここで

あることと

ないことが

まぶしいように

ぴったりだ

まどみちおさんというと、「ぞうさん」のイメージが強いのですが、こういう詩も書かれていたのですね。

「あることと ないことが まぶしいように ぴったりだ」なんてもう、唸るしかない表現です。

著者である永山さんはこの詩に続いて

 りんごに限らず、何かを見て描くときのものの感じ方、捉え方、対峙の仕方が、この短い言葉の中に凝縮されている。

「リンゴの/ この  大きさは/この リンゴだけで/いっぱいだ」

りんごの輪郭の中はもうみっちりりんごで、輪郭はそのことを表している。

そして「あることと/ないことが/まびしいように/ぴったりだ」

 

 この詩を読んだとき、言葉でまさにりんごをデッサンしているような気がした。りんごの中からがぐっと果肉が張り出して皮を押していて、外側からは空気が押し返している。

 りんご=赤い、丸いと思い込まないで、りんごなんて簡単とばかにしないで、しっかり向き合い、丁寧に観察して、納得いくまで描くことが大事。実はりんごを描くことはとても難しい。

最後の文章は、絵を描く人向けのアドバイスなので、そういうものなんだろうな、と頭で理解しただけですが、中ほどの「この詩を読んだとき、言葉でまさにりんごをデッサンしているような気がした。」という一文は、私自身もまったく同じように「感じ」ました。

「言葉でデッサン言葉でデッサン」と頭の中でリフレイン。

第七章の「世界とつながるために」のハイライトの中から抜粋引用します。

◎私達は、あらゆるものをボーッと見ていて、その中からほんの少し、自分が見たいものだけを見たいように見ているだけ。

 

◎知らないものを何か一つ描くたびに、「描いたことでこの世とつながった、あなたを知っています。自分なりに」という気持ちになる。

上はまったくその通りだと思います。

下は、「描く」「書く」に変えても通用するかもしれませんね。

とはいえ、実は常々、音楽や絵画(彫刻なども)は「芸術」と呼べるが、詩や短歌、小説など言葉を用いたものは芸術の範疇に入るのか、と訝っていました。

右脳、左脳を持ち出す気はありませんが、言葉を用いる以上、純粋な感性は殺がれてしまうような気がして・・・

こういうことを考え始めると、長くなりそうなので・・・今日はこのへんで。

 

異彩を、放て。

ヘラルボニー

メインブログ《徒然五行歌》の方でも取り上げたのですが、やはりきちんと《読書覚書》にもアップしておくべき本だと思います。

アマゾンレビューにも投稿しましたから、重複する箇所もあるけれど、どうぞお付き合いくださいませ。

まずはヘラルボニーという不思議な響きの言葉・・・これは著者である松田文登・崇弥さんご兄弟の、自閉症の兄・翔太さんが7歳の時に何度も自由帳に記した謎の言葉で、お兄さんに聞いても「わかんない」のだとか。

そのヘラルボニーを社名にしたのは

『一見意味がないと思われるものを世の中に新しい価値として創出したい』という意味も込められているのだそうです。

以下、本文中から引用させていただきますね。

 プロジェクトをはじめた当初は、あえて「知的障害」という言葉を発信せず、ブランドとして確立しようと考えた。

 それは、「障害」という言葉を出したとたんに、ある種のバイアス(偏見)やスティグマ(烙印)にとらわれ、作品のすばらしさが適切に伝わらないのではないかと思ったからだ。それこそ、マリメッコやポール・スミスと並んでも、遜色ないブランドにしたかった。

 けれども作品に対峙しながらネクタイ製作を進めていくと、知的障害という特性があってこそ、この作品たちが生まれたのだと実感するようになった。(中略)

 知的障害の「こだわりを持つ」という特性が、唯一無二の表現を生み出しているのだ。それならやはり、ブランドとして「知的障害」という言葉を明確に示すことが、誠実だと思った。

さらに

 僕らがやろうとしているのは、まったく新しいビジネスモデルを生み出すこと。障害のあるひとが、就労支援施設での活動で得られる賃金だけでなく、資本主義社会の枠組みの中で収益を得られる仕組みをつくることだった。

始まりは、お母様に誘われて《るんびにい美術館》を訪れた崇弥さんが、知的障害者さんたちの作品に圧倒され「ここ、超ヤバいって!」と!すぐさま文登さんに電話したこと。

崇弥さんが、東北芸術工科大学のデザイン工学部・企画構想学科に進学していたことも、まるで布石のよう。

るんびにい美術館の作家さんたちアートをシルクネクタイにするために奔走し、最終的に『銀座田家』という老舗紳士洋品ブランドで商品化。

サンプルをるんびにい美術館に持って行き、正式に商品化を認めてもらったとき、

「板垣さんは『このクオリティでやろうとしていたんですね』と、しみじみ感心していた」そうです。

揺るぎない、強い、熱い想いは、繋がるべくして繋がるべきところへ繋がり、新しい世界への扉を開いたのでしょう。

ここでるんびにい美術館板垣崇志さんの語りから少し引用させてもらいます。

(前略)自分の創作表現を、最終的に大なり小なり社会的な文脈の中につなぐ作業をしない美術家というものはほとんどいないでしょう。どこかで自分を最大公約数化して、自分を翻訳していく―他者と共有可能なものに自分を調整していく。一般的な美術家がそういうものであるのに対して、知的障害のある方たちはそれをしないんです。それが大きな違いだと思っています。

もう少し引用しますね。

自閉症の方に多いように感じるんですが、思春期頃までのある時間、描くことにものすごく集中するけれども、やがて描くことを「卒業」する方がいるなって思うんです。

描かずにいられない時期が終わって、自分の中のイメージや周囲の世界を、静かに受け止めていけるようになる。外に吐き出すっていうことを、以前ほど必要としなくなる。そんな印象をうけます。

東京渋谷100BANCH岩手県花巻市るんびにい美術館、近いうちにぜひ行ってみたいと思っています。

ぐりとぐら

山脇百合子さんの絵本

朝刊で、絵本作家・山脇百合子さんの訃報を知りました。

お姉さんの中川李枝子さんとの共作絵本「ぐりとぐら」の挿絵を描かれた方です。

こどものとも傑作集だったのですね。福音館の《こどものとも》は娘たちの幼稚園で毎月定期購入していました。

文章を書かれた中川李枝子さんは、たしか元保母さんではなかったかしら?

子ども目線で、子どもの気持ちに寄り添った絵本を多く手掛けた方です。

そしてこの時はまだ山脇百合子さんはおおむらゆりこさんとなっています。

初版本は1963年だそうですから、《こどものとも》って随分昔から出版されていたのですね。

私自身は幼稚園の頃、こういう絵本を読んでもらったり、買ってもらった記憶はありません。

たまたま仏教系の幼稚園でしたから【福音館書店】とは縁がなかったのかもしれませんが、何か薄い冊子のような絵本は持って帰っていたような気もしますし、園の本棚に絵本が並んでいた記憶はあります。

「ぐりとぐら」は、娘たちが小さい頃、伊万里図書館から借りて読みましたが、長崎生まれのわたしにとって「カステラ」といえば四角のイメージ。

(あ、でもそういえば、母がその昔、新製品の無水鍋(?)を使って直径30センチ位の丸いカステラを焼いたことがありました。そんな感じでしょうか)

それでも

「さあ、できたころだぞ」

ぐらが おなべの ふたを とると、

まあ! きいろい かすてらが、

ふんわりと かおを だしました。

「やあ、おいしそう!」

みんなは めを まるくして、かんしんしました。

のページでは、あまぁ~いニオイまで漂ってきそうで、幸せな気分に浸れました。

李枝子さんとの共作は「ぐりとぐらシリーズ」だけでなく、沢山あり、その殆どは読み聞かせたんではないかなぁ。

その中でもミニブック「なぞなぞえほん」はお気に入りでした。

まだ娘の部屋にあるけれど、もうボロボロでポツポツとカビらしきものも・・・。

山脇さんの絵は、素人っぽさの残る優しい、温かみのあるタッチでふ~んわり、ほのぼの。

お姉さんとの共作ももちろん良いけれど、私が一番番好きな絵本は、大好きな作家であるあまんきみこさんとの共作「ひみつのひきだしあけた?」です。

このまえの もくようび

おしいれの すみっこから さくらいろの

けいとだまが ころりと でてきた。

そこで チイばあちゃん、すてきな 

ベレーぼうを あもうと おもったよ

ではじまる、読み聞かせにピッタリのリズム感のある文体。

ワクワクしながら読み進めました。

かいがらに かせき。 うごかない とけい。

きれいな こいし。 ちよがみ。 ほうそうし。

あめの かみ。 チョコレートのあきかん。・・・

小さなもの、カワイイもの、キレイなもの、珍しいもの、役に立つもの、立ちそうにないものも含めて、捨てるに捨てられない雑貨や小物が引き出しの中にびっしり。

こどもごころだけでなく、その昔はこどもだった(あたりまえ)おとなごころもくすぐること請け合い!

そしてこのあまんきみこさんの文章には、山脇百合子さんの素朴な挿絵がもうこれ以上はない!というくらいピッタリとマッチしていて、最高に素敵な絵本に仕上がっています。

娘たちを生んだからこそ、出会えた絵本とその作家さんたち・・・

月並みな言い方ですが、山脇百合子さんのご冥福をお祈りします

 

 

 

 

私たちはなぜ犬を愛し、豚を食べ、牛を身にまとうのか

カーニズムとは何か

この本を取り上げることには随分迷いがありました。

原題はそのまま Why we love dogs,eat pigs,and wear cows. という衝撃的なタイトルで、ドキッとさせられます。

手にしたのは武雄図書館の新刊本コーナー、興味深いタイトルでしたし、帯にユヴァル・ノア・ハラリ氏推薦とあったので、借りて帰ることにしたのです。

10周年記念版の序文をハラリ氏が執筆していて、そこは一気に読んだのですが、その先、早く読み進めたい気持ちと、読んだら後戻りできない(この意味は《プルーストとイカ》を読まれた方にならわかっていただけるかと)、今後一切【動物性食品】を口にしないということが私にできるのか?

実はこの本、長崎に持参し、夜ベッドの中でも読んでいたのですが、自己欺瞞の極みです!

月に一度、帰省時の楽しみである外食ーそれも肉や魚をふんだんに使った料理ーを味わった後、なのですから。

その罰(?)なのか、本を紛失してしまい、弁償するはめになりました。

アマゾンで同じ本を購入し、現物を武雄図書館に持って行くことに・・・。

返す前にきちんと最後まで読んでおこうと、昨日、今日の連休で読み進めたのですが、実は昨日も夫と、肉がメインのランチに出かけているのです。(徒然五行歌の方にアップしています)

現代の日本で、全ての動物性食品を食べないという選択は、かなり難しいですよね。

大人になれば、不可能ではないでしょうが(現実に世界中にヴィーガンはいるのですから)子ども時代には【給食】があり、牛乳はほぼ強制。

もちろんヴィーガンだけでなく、宗教的な理由で、食べられない食材がある場合は、それを取り除いたものか、あるいは弁当を持参するしかないでしょう。(極度の食物アレルギーの子がそうしているように)

こどもは、やっぱりみんなと同じものを食べたいと思うのではないかしら?

マクドナルドやケンタッキーにも誘われるでしょうし、行ってもみたいでしょう。

私は肉はそれほど好きではないので、食べないなら食べないでも平気ですが、(それでもたまには焼き肉や焼き鳥、食べたくなりますね)卵や魚、乳製品まで食べないでいられるかというと、それは全く自信がありません。

というより不可能かな、と。

 

武雄図書館に行き、無事弁償を済ませて帰宅したところで、実家の母より電話が。

本、見つかったそうです。(もう少し早ければ注文せずに済んだのですが)

まぁ、いいか、手元に置いておくべき本だということなのでしょう。

偶然ですが、一貴山駅のすぐ近くにヴィーガン料理のお店があります。

民家をブルーやイエローのペンキで可愛らしく塗ってあり《ひるねこ》という名前がついています。(猫もいるのかもしれませんね。)

一度だけ同僚と行ったことがありますが、その時はアイスコーヒーを飲んだのみ。

(あれ?入れたミルクは実際はなんだったんだろう?牛乳ではなかったはず)

お喋りがメインだったので、オーナーさんのことも店内の様子もあまりわかりませんでしたから、また近いうちに行ってみようと思います。

この本も持って行ってみるかな。

今日はこのままアップしますが、本が手元に戻ったら、引用文を載せますね。

《ひるねこ》さんの写真も一緒に。

親のパンツに名前を書くとき

北川なつさんの本

介護福祉士やケアマネジャーの資格をお持ちの漫画家、北川なつさんの本を再度とりあげます。

読書覚書は2ヶ月のご無沙汰。

前回北川さんの本をとりあげたのは、なんと1年も前でした。

dokusyozanmai22.hateblo.jp

今回の本は、もうタイトルが秀逸過ぎて・・・

これは親の介護に携わった人や介護職にとってはもうほんとに唸るしかないタイトルだと思います。

ただ・・・パンツに名前を書いているうちが花、かもしれません。

施設等に入所すると早晩、紙パンツ対応を余儀なくされますから。(もちろん百寿過ぎても普通の布パンツの方もいらっしゃいますが)

さてこの本、期待を裏切らない良本中の良本でしたが、そのボリューム、読みごたえもハンパなかったです。

「はじめに」から引用しますね。

2012年に自費で「認知症のある人って、なぜ、よく怒られるんだろう?」を出版した翌年には、すぐに自費出版第二弾をだすぞ!と意気込んでいましたが、あっという間に7年が経ってしまいました。その間に長女が生まれ、母が亡くなり、長男が生まれ、今年は15年一緒に暮らしたパピヨン犬のペコが旅立ちました。私の実家で暮らしていた母方の伯父や、父親代わりのような父方の伯父も旅立ちましたから、生き死にのジェットコースターのような7年でした。その間に描いたものなどをまとめると400ページ近い、鍋敷きに使えそうな本になってしまいました。

漫画がベースなので、すぐに読み終わるかと思いきや、読んでも読んでもまだ続きがある~~。

自費出版した本やデビュー当時の漫画も収録されていて、《介護》に携わる以前からあたかもそちらに誘導されるかのような、なにか宿命的な感じ・・・。

(それはご本人もそう感じておられるようでした。)

漫画ですので、引用はなかなか難しいので、是非お手に取って読んでみることをオススメします。

同じ北川さんの「犬がとなりにいるだけで」もとってもよかったです。

 

 

たづちゃんノート

軽くて重い本

ヘンテコリンな見出しですみません。

武雄図書館新刊本コーナーで借りてきた本です。

漫画仕立てなので、薄くて軽い本なのですが、内容は重い本でした。

両親とくに母親の認知症介護と向き合った本なので重いのは当然でしょう。でも決して暗くはないのです。

渦中にあった時は、もっと惨くて辛い現実もあったはず。

ですが、ほのぼのタッチの漫画で、セリフも軽妙なので、考えさせられるページはあっても、さくさくと読み進めることが出来ました。読後感も爽やかです。

「たづ砲」「ブラックたづちゃん」「エンジェルたづちゃん」とはよくぞのネーミング!!

認知症ケアの仕事に携わっていると、易怒性といって、突然怒り出す方はしばしば見られる為「そういうこともある」と平常心で接することもできるようになってきますが、家族となると、なかなか難しいでしょう。

娘である主人公に、理解ある夫と優しい娘二人の存在がなかったら、もっと悲惨だったと思います。家族の支えは、本当に大切。

骨折して入院した母が病院のベッドに拘束されているのを見ての帰宅後、泣き崩れる主人公の肩にそっと手を触れ「大変だよな。よくやってるよ」と気の済むまでその胸で泣かせてくれる夫。

夫はわかっていた  それまでのいろいろ  

今の現状  彼は戦友のようだった

その晩 私は一生分くらい泣き、一生分悩んだ  

限界が近いかもしれない

夫は「理解ある」以上に主人公の気持ちの寄り添い、共感し、支えてくれる存在でした。「戦友」と呼んでいるのも頷けます。

こんな夫婦の間のこどもですから、離れて暮らす娘二人も優しく思いやりの深い女性です。

娘と二人で見舞いに行ったとき、悪魔のような形相に豹変していた母から暴言を浴びせられ、深く傷ついた主人公のモノローグを漫画の中から拾ってみます。

相変わらず「たづ砲」は痛すぎる  認知症の人は人格が変わると言うが、本当にその通り  

あんな鬼のような形相のたづさんは見たことない

悲しいと悔しいと怒りがぐちゃぐちゃになってた

もう少し引用します。

認知症と同じ土俵で戦ったらダメだ 病気なんだもん

一生懸命私たちを育ててくれたたづさん あんなふうになるのはだづさんの妄想がそう言わせているだけ そう思うことにしよう 

そしてそんな日も私はノートに自分の気持ちを書いた

正直に 認知症が進んでいく記録としても たづさんが生きた道のりも

そして「母と娘の学習ノート」は「たづちゃんノート」に変えた

わけのわからないことを言うたづさんに「ちゃん」をつけたらえらいかわいくなって なんだか少しだけ気が楽になった

このほかにもデイサービスで入浴してきたのに、「入ってない」といいはる母を風呂に入れた時のエピソード、デイサービスの送迎スタッフにそのことを話すと

「ああ、わかります 娘さんもめっちゃたいへんだと思いますぅ」と今どきの若者言葉でありながらも最大限の共感を示してくれるセリフなど、ホロリとさせられるシーンも随所に。

漫画の間に介護についてのコラムも挟んであり、現在進行形で介護中の人には役立つ情報がコンパクトにまとめられてもいます。

私の両親には今のところ、認知症はなく、むしろ娘である私の方がアヤシイくらいなので(このまま親が長生きしたら、絶対私の方が先に認知症になりそうです!それだけは避けたい!ですけれど、こればっかりは、どうなるか・・・ですよね)この本がそのまま私に役立つことはなさそうですが、読んでよかったと心から思える本でした。